IT’S BAJA, BAJA1000.
日本に帰って来ました。ウエブをご注目いただいた皆さん、誠にありがとうございました。
チーム266Xのドキュメンタリーは次号で掲載しますが、リタイアの原因は先にも書いたとおり、3番目に走った杉山が行方不明となり、そこで大幅なタイムロスをしてしまったことが原因です。次号の記事は杉山にはかなり酷な書き方になりますが、彼らのストーリーはこれからBAJA1000に挑もうというライダーには非常に参考になると思います。そういう意味では、こうした密着記事を書く僕を同行させてくれたチーム266Xのメンバー全員の勇気には感謝です(以下敬称略)。
杉山が、レースマイル199の交代地点をスタートしていったのは午後3時半。あと1時間もすればトロフィートラックがやってくる時間であり、なおかつ杉山の走るパートは深い砂の渓谷に岩がゴロゴロ転がる非常に難しいマトミウオッシュを含む区間。前半こそ飛ばせるドライレイクだが、その先は砂と岩、そしてフープスしかないハード極まりないセクションが続く。
サポートの都合で、この区間を杉山1人が担うという設定自体に無理があったことも原因だったかもしれない。実際、今回日本人チームで唯一完走したチーム211Xの松井、宮崎、後田ともにBAJA1000の手練にも関わらず今回のフィニッシュタイムが29時間オーバー(制限時間は32時間)だったことを考えると、かなりハードだったことは間違いない。
さておき、レースマイル199地点で杉山を送り出し、長い待機時間の間にサンフェリーペまで夕食をとりに出かけていた僕らのもとに、異常が伝えられたのは午後10時近くのことだった。すでにスタートしてから6時間30分もたっている。杉山がもっていったSPOT(自分の位置を発信し、非常時にはテキストメッセージで自分の位置とメッセージを発信できるGPS。今回は風魔プラス1世田谷店が提供してくれた)というGPSから非常事態を示す「mo hashiremasen」というメッセージが入ったのだ。合わせて、杉山の位置情報も送られてきた。どうやら、レースマイル310〜320マイル地点で立ち往生しているようだ。ケガなのか、マシントラブルなのか、この情報だけではわからないが、僕らはサンフェリーペの南にあたるそのポイントへと向かうことにした。しかし、約160kmほどに6時間もかかっていることになる。これは普通じゃない。
しかし、GPS情報の場所にはサポートのワンボックスで入れるようなアクセスロードがない。いや、あるのだが、砂が深く、一度入り込んだらスタックしてしまった。砂を掻きだしても脱出できず、デフまで埋まって四苦八苦していたところに他チームの4輪駆動車が通りかかり、助けてもらってなんとかなったが、ヤバいところだった。
アクセスロードの入り口で、プレラン車を下ろして午後3時までレースを走っていた鈴木が杉山の状態確認に向かうことになった。これが23時くらいか。
しかし1時間半たって鈴木が「GPSの電源が切れてしまって場所がわからない。見つけられなかった」と戻ってくる。さすがに疲労の色の濃い彼にかわり、今度はサポートの野田がGPSの電池を入れ直して再びコースへと向かう。僕らは、なんとしてもレースを続けたかった。いや、続けていた。まだ間に合う。1時間後、野田がチェックポイントで情報を仕入れて帰ってきた。もう午前1時近い。「どうやら、先に進んでいるらしい」。杉山は、SPOTでSOSを発信した場所にはいなかった。チェックポイントのオフィシャル、そしてコース上のサポートサービス、BAJAPITとの無線による情報によると杉山は先に進んでいるようなのだ。それならば、本来の交代ポイントで待つしかない。英語に堪能な野田が、クルマの中でBAJAPITと無線交信しながら情報を探すが、杉山の行方はわからない。
午前3時、国道を走って僕らは交代地点のレースマイル199に着いた。杉山が進んでいるなら、ここにやってくるはずだ。しかし、午前6時過ぎになってすでにゴールしているチーム1X、JCRのサポートをしている花輪さんから電話が入る。「杉山はBAJAPIT10にいて、そこで止まっていて、もうそこから動かないと言っている」とのこと。
結局、朝7時くらいに杉山と合流できた。マシンにぱっと見、トラブルはない。
「(走行距離を示す)GPSの電源が入らなくなって」「4輪が凄い勢いで抜いていって、まともに走れない。まるで地獄だ」「チェーンガイドが壊れたんだけど、工具がなくて外せなかった」と止まっていた原因を語る杉山。
しかし、僕らが欲しかったのは「ごめん、遅れた」その一言だった。鈴木がそのことを一喝する。当然だ、僕らサポートだって徹夜でレースを続けていたのだ。
朝8時、残る距離は300マイル、約500km。そこを7時間で走れば制限時間には間に合うが、アベレージ70km/h以上で走れれば、という条件であり、これは現実的には無理だ。それでも、僕や野田、レースのサポートの一切を取り仕切っていた今井は走って欲しいと思っていた。
だが、それを決めるのはライダーだ。チェーンガイドがなくなったマシンで、万が一全開でチェーンが外れたら危険だ、という判断で鈴木は再度走りだすことを否定した。「無駄なことはしたくない」。確かにその通りだ。
クルマで寝ていたシオノが降りてきた。「リタイアだよ」僕がそういうと、彼女は砂の地面に座り込んで顔を両手で覆った。これがBAJA1000だ。
応援していただいた皆さん、ありがとうございました。さらに詳しいレースの模様については次号FRMに掲載します。ぜひ読んでください。
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